第5章 / Domain 5 全6項目+導入レッスン / 配点15%(学習順の最終章)

コンテキスト管理と
信頼性(配点15%)

第1章の「手紙モデル」の帰結がこの章。AIの作業記憶(コンテキスト)は有限で、雑に要約すると数字と日付が溶ける。長丁場でも情報を失わない設計、人間へ引き継ぐ判断、エラーの正しい流し方、出典の保全——「信頼できるシステム」の総仕上げドメインを、4つの標語を入口に1ページで学び切る。

この章の流れ(レッスン約90分)

最終章。ここを終えたら総合模試(30問)へ。基礎用語(ステートレス・JSON等)が怪しければ準備章のことば図鑑で引ける。

導入レッスン 1なぜ「コンテキスト管理」がドメインになるのか — 手紙モデルの帰結

第1章の最初に学んだ大前提を思い出してほしい。Claudeには記憶がなく(ステートレス)、会話の全履歴を毎回送りつけて次の1通の返事をもらう——あの手紙のやりとりだ。この仕組みには避けられない帰結が1つある。封筒には大きさの限界があるということ。

  • 会話が長くなるほど、毎回同封する履歴(messages)は太っていく。だが1回に送れる量=コンテキストウィンドウには上限がある
  • 上限に近づいたら、履歴のどこかを要約・圧縮・捨てるしかない。ここで初めて「何を残し、何を捨てるか」という判断が生まれる
  • この判断を雑にやると、金額を取り違え、出典が消え、エラーが黙殺される。エージェントの信頼性は、コンテキストの扱い方で決まる——だからDomain 5は「コンテキスト管理と信頼性」という名前になっている

例えるなら引っ越しの荷造りだ。トラック(コンテキスト)に全部は載らないから荷物を減らす(要約する)。このとき通帳と印鑑(硬い事実)を古雑誌と同じ袋に入れて「だいたい紙類」とまとめてしまう人はいない。貴重品は別枠で手荷物にする。Domain 5で学ぶことの半分は、この「別枠」の設計だ。

導入レッスン 2この章の地図 — 4つの標語と、地図に無い6つ目の領域

D5は独立した新知識が少なく、大部分を4つの標語に圧縮できる。まず標語を暗唱できるようにし、それぞれの展開をこの章の各項目で学ぶ、という順で進む。

  1. 「硬い事実は要約の外へ」 — 金額・日付・注文番号は漸進的要約で溶ける。case factsブロックとして毎プロンプトに固定で入れる。長い入力は真ん中が落ちる(lost in the middle)から重要事項は冒頭へ。ツール結果は関連フィールドだけに刈り込む。→ うちの「確証済み事実」セクションと /compact 保持指示
  2. 「上げるのは3つの時だけ、感情と自信は信じない」 — エスカレーションは①顧客の明示要求②ポリシーの例外・空白③進展不能。センチメント分析とLLMの自己申告確信度は複雑さの代理指標にならない。複数ヒットは選ばず聞き直す。→ larc-approval-gate と approval-points
  3. 「エラーは4点セットで上へ、握りつぶしも全停止もNG」 — 失敗の種類・試したこと・部分結果・代替案。一時的失敗は子の中でローカル回復。レポートにはカバレッジ注記(どこに穴があるか)。→ unattended-loop-ops と statistical-rigor⑦
  4. 「全体97%を信じない、出典は溶かさない」 — 精度は文書タイプ別・項目別に検証してから自動化。高確信度も層化サンプリングで抜き取り続ける。確信度はラベル付きデータで較正してから使う。主張↔出典の対応は統合まで保全し、矛盾する数字は選ばず併記+日付。→ statistical-rigor③ と data-accuracy

標語と、この章のTask Statementの対応はこうなる。

標語ひとことでこの章での展開先
① 硬い事実は要約の外へ貴重品は手荷物に5.1 重要情報の保持
② 上げるのは3つの時だけ上司を呼ぶ正しいタイミング5.2 エスカレーション設計
③ エラーは4点セットで上へ「ダメでした」だけの報告禁止5.3 エラー伝播
④ 全体97%を信じない・出典は溶かさない平均点の罠と脚注の保全5.5 精度検証5.6 出典の保全
(標語に無い)長丁場でAIがボケてくる問題5.4 巨大コードベース探索
この章を作った理由でもある注意点
  • 4標語はD5の6項目のうち5つしかカバーしていない5.4 巨大コードベース探索(スクラッチパッド・マニフェスト・コンテキスト劣化)だけが標語の地図から漏れており、標語暗唱だけで済ませると丸ごと学習機会を失う。この章では5.4を他項目と同じ厚さで扱う
  • 標語は1文の圧縮であって、試験の設問は展開側(各項目の具体的なパターンと誤答)を突いてくる。標語→展開の両方向で言えて初めて仕上がり

Task Statement 5.1長い対話での重要情報の保持

会話を要約しながら進めると、金額・割合・日付・顧客の要望のような「硬い事実」が曖昧な要約に溶けて消える。硬い事実は要約の外に「事実ブロック」として毎回のプロンプトに固定で入れる。

要約を重ねるのは伝言ゲームと同じだ。「注文番号A-1042、¥58,000のうち¥12,000の返金希望、期限は8/15」という話が、3回要約を通ると「返金の相談があった」になる。最初に崩れるのは雰囲気ではなく数字と日付——言い換えがきかず、1文字違えば別物になる情報からだ。だから対処は「要約を上手にやる」ではなく、硬い事実を要約のラインに乗せないこと。取引の事実だけを抜き出した「case factsブロック」を作り、要約された履歴の外側で毎回のプロンプトに固定添付する。伝言ゲームの列の横で、メモ用紙を直接回すイメージだ。

もう1つの敵がlost in the middle。長い入力の冒頭と末尾はよく読まれるが、真ん中は取りこぼされる——長い会議の議事録で、開始直後と締めの発言だけ妙に覚えているのと同じだ。重要な発見は冒頭にサマリーとして置き、詳細は明確な見出しで整理する。さらに、コンテキストを不釣り合いに食う筆頭がツール結果。注文照会1回で40以上のフィールドが返るのに、実際に要るのは5個ということが普通にある。納品書1枚あれば足りるのに商品カタログごと保管するようなもので、関連フィールドだけに刈り込んでから履歴に蓄積させる。

試験が問うこと
  • 漸進的要約のリスク:数値・パーセンテージ・日付・顧客が明言した期待値が要約で失われる
  • lost in the middle:長い入力の最初と最後は確実に処理されるが、真ん中の情報は取りこぼされうる→重要な発見は冒頭にサマリーとして置き、詳細は明確なセクション見出しで整理
  • ツール結果はコンテキストを不釣り合いに食う(注文照会1回で40+フィールド、要るのは5個)→関連フィールドだけに刈り込んでから蓄積させる
  • 対処の型:取引の事実(金額・日付・注文番号・ステータス)を「case factsブロック」として抽出し、要約された履歴の外側で毎プロンプトに含める
  • 下流のエージェントのコンテキスト予算が限られているなら、上流には「冗長な本文と推論過程」でなく「キーファクト・引用・関連度スコア」の構造化データを返させる
うちの組織の実物(任意読み物)

rules/handoff-memory.md の「確証済み事実」セクション(逆引き検証済みの事実を恒久ブロックとして冒頭に置き、次セッションは再調査しない)が case facts ブロックの実装。CLAUDE.md の「/compact時の保持指示」(進行中タスク・部署テーブル・委譲ルールは要約後も必ず残す)は漸進的要約リスクへの直接の防御。

ひっかけ(誤答として出るパターン)
  • 「履歴が長くなったら全部を要約に置き換える」→ 硬い事実が溶ける。事実ブロックを外出しで維持
  • 「重要情報は文中にあれば読まれる」→ 真ん中は落ちる。冒頭サマリー+見出し構造が正解
  • 「ツール結果はそのまま全部蓄積」→ 無関係な40フィールドが予算を食う。刈り込んでから蓄積

Task Statement 5.2エスカレーションと曖昧さ解消の設計

人間に上げるべき瞬間は3つ:顧客が人間を明示的に求めた/ポリシーに書いていない例外に当たった/進展できなくなった。「難しそうだから」「顧客が怒っていそうだから」は判断材料として信頼できない。

窓口の新人に「困ったら上司を呼べ」とだけ教えると、呼びすぎるか、呼ばなすぎるかのどちらかになる。必要なのは呼ぶ条件の明文化だ。試験の立場では正当なトリガーは3つだけ:①相手が「人間に代わって」と明示的に言った(このときは調査を試みる前に即上げる)、②マニュアル(ポリシー)に書いていない事態に当たった(例:他社価格に合わせてほしいと言われたが、ポリシーには自社の価格調整しか書かれていない——ここで気を利かせて勝手に判断するのが一番危ない)、③手を尽くしたが前に進めなくなった。

逆に、直感的には良さそうで試験では誤答になるのが「顧客の感情がネガティブなら上げる」と「AIの自己申告の確信度が低ければ上げる」。怒っている客の用件が単純なことも、丁寧な客の用件が複雑なこともある(感情と複雑さは相関しない)。そしてLLMの「自信80%です」は答え合わせされていない自己申告で、難しい案件ほど誤って自信満々になる——「大丈夫です!」と言い切る新人の自信を鵜呑みにできないのと同じだ。もう1つの頻出場面が顧客照合の複数ヒット。同姓同名のカルテが2件出てきたら、「たぶんこっち」で1件選ばず、追加の識別子(生年月日・電話番号)を尋ねる

試験が問うこと
  • 正しいエスカレーショントリガー:顧客の明示的要求/ポリシーの例外・空白(単に複雑なだけの案件は含まない)/意味のある進展の不能
  • 顧客が人間を明示要求したら調査を試みる前に即エスカレーション。ただし問題が簡単なら「解決を提案しつつ、重ねて求められたら上げる」の使い分け
  • センチメント(感情分析)ベースのエスカレーションと自己申告の確信度スコアは、実際の案件の複雑さの代理指標として信頼できない——D4・D5を貫く頻出論点
  • ポリシーが顧客の要望に対して沈黙・曖昧なら上げる(例:他社価格マッチはポリシーに自社価格調整しか書かれていない→勝手に判断しない)
  • 顧客の照合結果が複数件ヒットしたら、ヒューリスティックで1件選ばず追加の識別子を尋ねる
  • 実装は「明示的なエスカレーション基準+few-shot例」をシステムプロンプトに(第3章で学んだD4.1/4.2の技法をここに適用)
うちの組織の実物(任意読み物)

feedback-approval-points「自走AIの承認は『やり直せない瞬間』の境目に1点」と larc-approval-gate(CRITICAL操作は人間の承認で物理停止)が、エスカレーション設計の運用実物。「複数マッチで推測選択しない」は data-accuracy.md のID検証(キャンペーンID誤認事故)と同じ教訓。

ひっかけ
  • 「確信度が閾値以下なら自動で人間へ」→ LLMの自己申告確信度は較正されておらず、難しい案件ほど誤って自信満々
  • 「ネガティブ感情を検知したらエスカレーション」→ 感情と案件の複雑さは相関しない
  • 「複数ヒットしたら最も似ている1件を選ぶ」→ 誤アカウント操作の入口。追加識別子を尋ねる

Task Statement 5.3マルチエージェント系でのエラー伝播

子の失敗は「失敗の種類・試したクエリ・部分結果・代替案」を構造化してコーディネーターに返す。握りつぶし(空を成功と偽る)も全停止(例外で全ワークフロー終了)も両方アンチパターン

現場から本部への報告を想像すると分かりやすい。調査チームの1人が業界データベースに接続できなかったとき、報告の仕方は3通りある。握りつぶし:「(何も見つからなかったことにして)調査完了です」——本部は穴があることすら知らないままレポートを出す。丸投げの全停止:「エラーが出たので調査全体を中止します」——他のメンバーの成果まで道連れにする。そして正解の構造化報告:「接続エラーで3回失敗(失敗の種類)。このクエリを試した(試したこと)。途中まで取れたデータはこれ(部分結果)。別のDBなら取れるかもしれない(代替案)」。この4点セットが揃って初めて、本部=コーディネーターは「修正クエリで再試行する/別の手を打つ/部分結果で前進する」を賢く選べる

報告の前にもう1つ規律がある。直せる失敗は現場で直してから上げること。タイムアウトのような一時的エラーは子エージェントの中でローカルにリトライし、解決できなかったものだけを4点セット付きで上げる(第4章のエラー4分類——transient / validation / permission——がここで効いてくる)。そして最終レポートにはカバレッジ注記を付ける:どの発見は裏付け十分で、どの領域はソースにアクセスできず穴のままか。穴を隠したレポートより、穴の場所が書いてあるレポートの方が信頼できる。

試験が問うこと
  • 構造化エラーコンテキストの4点セット:failure type / attempted query / partial results / alternative approaches——これがあるとコーディネーターは「修正クエリで再試行/別アプローチ/部分結果で続行」を賢く選べる
  • アクセス失敗(リトライ判断が要る)と正当な0件(成功・該当なし)の区別——第4章(D2.2)と共通の頻出論点
  • 一時的な失敗は子の中でローカル回復を試み、解決できないものだけ「試したこと+部分結果」付きで上げる
  • 統合レポートにはカバレッジ注記を付ける:どの発見が十分に裏付けられ、どのトピック領域はソース不能で穴があるか
うちの組織の実物(任意読み物)

rules/unattended-loop-ops.md「エスカレーションはSTATEに書くだけでなく直接通知」=握りつぶし防止の無人ループ版。rules/statistical-rigor.md ⑦「データが欠けていたら宣言する(黙って薄くしない)」はカバレッジ注記の分析版。x-posting-worker(transientはローカル5分リトライで自己回復、連続失敗のみ調査)はローカル回復の設計実例。

ひっかけ
  • 「タイムアウトは空結果を成功として返す」→ 調査に無言の穴が開く
  • 「リトライを尽くしたら generic な失敗ステータスだけ返す」→ コーディネーターの回復判断材料を奪う
  • 「1つの失敗で全ワークフロー終了」→ 部分結果で前進できる場面で全損

Task Statement 5.4巨大コードベース探索でのコンテキスト管理(標語に無い6つ目の領域)

セッションが長くなるとAIの答えが劣化する(前に見つけた具体的なクラス名でなく「よくあるパターン」を語り始める)。対策はスクラッチパッドに発見を書き残す/冗長な探索は子エージェントに隔離/フェーズごとに要約して次へ注入/クラッシュ回復用のマニフェスト

まず症状から。数百ファイルのコードベースを2時間調査しているとしよう。最初の1時間、AIは冴えている——「返金処理は PaymentServicerefund() から始まり、RefundValidator を通る」と、実際に読んだファイルの固有名で答える。ところが後半、様子が変わる。「一般的な決済システムでは、返金処理はバリデーション層を経由することが多いです」——さっき自分で見つけた具体名を忘れ、研修で習ったような一般論を語り始める。これがコンテキスト劣化の典型症状だ。嘘をついているのではない。コンテキストが探索の途中経過(開いたファイルの中身、失敗した検索、無関係なコード片)で埋まり、肝心の発見が「真ん中に沈んで」参照できなくなっている。図書館に半日こもって調べ物をした夕方、メモを取らなかった人が「で、結局あの数字はどの本に書いてあったんだっけ……確か一般的には……」となるのと同じ現象だ。

対抗策の第一がスクラッチパッドファイル。調査で得たキーファインディング(「返金の入口は PaymentService.refund()」「テストは tests/payment/ 配下」)を、コンテキストの外=外部ファイルに書き残し続け、後続の質問ではそのファイルを参照させる。研究者の研究ノートだ。頭(コンテキスト)は忘れても、ノートに書いた発見は消えない。第二が子エージェントへの隔離。「全テストファイルを探す」「返金フローの依存を全部追う」のような、大量のファイルを開いては捨てる冗長な探索は、コンテキストを最も汚す作業でもある。これを子エージェントに任せれば、何十ファイル分の探索ゴミは子のコンテキストの中だけで消費され、親には要点だけが返る。書庫の総当たりはアシスタントに頼み、自分は要約メモを受け取って全体の指揮に専念する分業だ。

第三がフェーズ要約の注入。「構造把握フェーズ」が終わったら要約を作り、次の「詳細調査フェーズ」を担当する子エージェントの初期コンテキストにそれを注入する。各フェーズが新鮮なコンテキストで始まりつつ、前フェーズの成果は引き継がれる。第四がマニフェストによるクラッシュ回復。長丁場の途中でセッションが落ちることはある。各エージェントが自分の状態(どこまで調べ、何を見つけたか)を既知の場所にエクスポートし続けていれば、コーディネーターは再開時にその一覧表(マニフェスト)を読み込んで積み上げを失わずに続きから始められる。停電に備えて工程表を壁に貼っておく現場の知恵と同じ。そして、冗長な発見でコンテキストが埋まってきたら /compact で圧縮する——ただし5.1で学んだ通り、圧縮で溶けて困るものは事前にスクラッチパッドや保持指示で外に出しておくこと。

試験が問うこと
  • コンテキスト劣化の症状:回答が非一貫になり、実際に発見した固有名でなく一般論を参照し始める
  • スクラッチパッドファイル:キーファインディングを外部ファイルに記録し続け、後続の質問で参照する→劣化への対抗
  • 特定の調査(「全テストファイルを探す」「返金フローの依存を追う」)は子エージェントに出し、メインは高レベルの調整に専念
  • フェーズ完了ごとに要約を作り、次フェーズの子エージェントの初期コンテキストに注入
  • クラッシュ回復:各エージェントが状態を既知の場所にエクスポートし、コーディネーターが再開時にマニフェスト(一覧表)を読み込む
  • 冗長な発見でコンテキストが埋まったら /compact で圧縮
うちの組織の実物(任意読み物)

ほぼ全部が日常装備:スクラッチパッドディレクトリ(セッション専用の作業領域)、Explore サブエージェント(冗長探索の隔離)、/checkpoint(状態保存)、memory/project-*.md(フェーズ間サマリー注入)、Workflow の journal.jsonl(クラッシュ回復用の実行記録=マニフェスト)。

ひっかけ
  • 「メインセッションで全探索をやり切る」→ コンテキスト枯渇と劣化。隔離と要約が正解
  • 「劣化したらモデルを再起動して最初から」→ スクラッチパッド/マニフェストで積み上げを保全する設計が正解
  • 「劣化には、より大きいコンテキストウィンドウのモデルへの切替で対処」→ 埋まるのが遅くなるだけで構造は同じ。外部化(ノート)と隔離(分業)が根本対策

Task Statement 5.5人間レビューのワークフローと確信度の較正

「全体精度97%」は特定の文書タイプや項目だけ精度が壊れている事実を隠す。自動化してよいかは、文書タイプ別・項目別に精度を検証してから。確信度スコアはラベル付き検証データで較正して初めてレビュー振り分けに使える。

「うちの学校の平均点は97点です」と聞いても、数学だけ全員赤点かもしれない——集計値は弱点セグメントを隠す。文書抽出パイプラインの「全体精度97%」も同じで、請求書は99%でも手書きの領収書は70%、金額欄は完璧でも日付欄が壊れている、ということが普通に起きる。だから「97%に達したので人間レビューを外す」の前に、文書タイプ別・フィールド別に精度を分解して一貫して高いことを確かめる。そして自動化した後も層化ランダムサンプリング——高確信度と判定された抽出からも無作為に抜き取って誤り率を測り続ける。工場の抜き打ち検査と同じで、「今まで良品だったライン」からも抜くのは、新種の不良は実績のあるラインにも出るからだ。

もう1つの柱が確信度の較正。モデルに項目ごとの確信度スコアを出させ、それを人間レビューの振り分けに使う——のは良い設計だが、1つ手前の工程が要る。正解ラベル付きの検証データと突き合わせて「スコア0.9のとき実際の正答率はいくつか」を確かめる(=較正する)ことだ。5.2で見た通り、モデルの自己申告は素のままでは当てにならない。較正を経た閾値で「低確信度・曖昧・矛盾のある元文書」だけを人間に回せば、限られたレビュー能力を本当に危ないところへ集中配分できる。

試験が問うこと
  • 集計精度の罠:全体97%でも、特定タイプ・特定フィールドでは大きく劣る可能性→セグメント別に検証してから人間レビューを減らす
  • 層化ランダムサンプリング:高確信度の抽出からも無作為抽出して誤り率を測り続け、新種のエラーパターンを検出する
  • 項目レベルの確信度スコアをモデルに出させ、ラベル付き検証セットで閾値を較正→低確信度・曖昧・矛盾のある元文書だけを人間レビューへルーティング(限られたレビュー能力を優先配分)
うちの組織の実物(任意読み物)

rules/statistical-rigor.md ③「全体平均で結論を出す前にセグメント分解(シンプソンのパラドックス)」が集計精度の罠と同一の統計原理。rules/skill-tier.md の「T2はランダム抜取で月5%をempirical評価」は層化サンプリング運用の実物。

ひっかけ
  • 「全体精度が目標を超えたので高確信度は自動化」→ タイプ別・項目別の検証を経ていない自動化は誤答
  • 「高確信度はもうチェックしない」→ 新種のエラーは高確信度側にも出る。抜取を続ける
  • 「モデルの確信度をそのまま閾値に使う」→ 較正(ラベル付きデータとの突合)が先

Task Statement 5.6出典の保全と、複数ソース統合での不確実性の扱い

要約を重ねると「どの主張がどの出典から来たか」が溶ける。主張と出典の対応表(claim-source mapping)を構造化して持ち回り、統合エージェントはそれを保存・マージする。信頼できるソース同士で数字が食い違ったら、勝手に1つを選ばず両方を出典付きで併記する。

論文から脚注を消してしまえば、どの主張も「誰かがどこかで言っていた話」になる。マルチエージェント調査で起きるのがまさにこれで、検索係の結果を要約→統合係がさらに要約、と重ねるうちに出典の帰属が溶ける。防ぐには、要約とは別に主張↔出典の対応表(主張・根拠の抜粋・出典URL/文書名・日付のセット)を構造化データとして持ち回り、統合エージェントには「保存してマージする」ことを仕事として課す。第1章の1.3で「親から子へ渡すデータは本文とメタ情報を構造化して分離する」と学んだのは、この保全の入口だった。

統合で必ず出会うのが数字の食い違いだ。信頼できる2つのソースが市場規模を$4.2Bと$5.1Bと書いている——ここで「新しい方」「権威がありそうな方」を統合エージェントが勝手に選ぶのは、2紙の新聞の数字が違うときに記者が好みで片方を採用するのと同じで、誤答。矛盾として注記し、両方を出典付きで併記して、判断できる立場(コーディネーターや人間)に上げる。そして食い違いの多くは実は矛盾ではなく時点の違い(2023年調査と2025年調査)なので、公開日・データ収集日を構造化出力の必須項目にしておく。仕上げのレポートでは「確立された発見」と「争いのある発見」をセクションで分け、元ソースの表現とメソドロジーの文脈を保存する。最後にもう1つ:財務データは表、ニュースは散文、技術的発見は構造化リスト——データの性質に合った形で統合し、見やすさのために全部を一様のフォーマットへ潰さない

試験が問うこと
  • 要約ステップで出典の帰属が失われるメカニズムと、claim-source mapping(主張・根拠の抜粋・出典URL/文書名・日付)を統合まで保全する設計
  • 矛盾する統計値の扱い:恣意的に1つ選ばない。矛盾として注記し、出典を付けて併記(コーディネーターが判断できる形で上げる)
  • 時間データ:公開日・データ収集日を構造化出力に必須で入れる→時点の違いを「矛盾」と誤読しない
  • レポートは「確立された発見」と「争いのある発見」をセクションで分け、元ソースの表現とメソドロジーの文脈を保存する
  • コンテンツタイプに合った表現で統合する:財務データは表、ニュースは散文、技術的発見は構造化リスト——全部を一様のフォーマットに潰さない
うちの組織の実物(任意読み物)

rules/data-accuracy.md(参照先の明示・逆引き検証・原文照合)が claim-source mapping の運用版。rules/audit-independence.md §5「監査フェーズの矛盾は選ばない・併記する」は、矛盾ソースの扱いと同じ判断構造。rules/statistical-rigor.md ②のYoY(時点を揃えて比較)は temporal data 論点の分析版。

ひっかけ
  • 「複数ソースの数字が違うときは、より信頼できそうな方を選んで報告」→ 恣意的選択は誤答。出典付き併記
  • 「見やすさのため全発見を統一フォーマットに変換」→ データの性質に合った形(表/散文/リスト)が正解
  • 「日付は本文に書いてあるから構造化不要」→ 時点差を矛盾と誤読する。構造化出力に必須で持たせる

公式コースで補強Claude Academy の対応レッスン

Anthropic 公式の無料学習サイト Claude Academy(2026-08-20 公開、/ja/ で日本語版)のうち、第5章(ドメイン5: コンテキスト管理と信頼性)に対応するレッスン。このドメインは公式でも1コースにまとまっておらず、Claude Code 101 / Claude Platform 101 の「コンテキスト管理」と、実践Claude Code の検証系レッスンに分散している。使い方は「この章を読み終えてから、同じテーマを公式がどう説明しているかを確かめる」の一方向。先に公式を読む必要はない。レッスン本文の閲覧には無料アカウントでのサインインが必要。

この章で使うコース: Claude Code 101 / Claude Platform 101 / 実践Claude Code / Claude APIを使った構築 / サブエージェントの概要

この章の項目対応する公式レッスン
導入レッスン1〜2 手紙モデルの帰結と4つの標語Claude Platform 101 › Context management
Claude Code 101 › コンテキスト管理
5.1 長い対話での重要情報の保持Claude Code 101 › コンテキスト管理
Claude Platform 101 › Context management
Claude APIを使った構築 › プロンプトキャッシング
Claude APIを使った構築 › プロンプトキャッシングのルール
5.2 エスカレーションと曖昧さ解消実践Claude Code › Permission modes
実践Claude Code › Trust it: Verifying unsupervised runs
5.3 マルチエージェント系でのエラー伝播サブエージェントの概要 › サブエージェントを効果的に使用する
Claude APIを使った構築 › ワークフローの連鎖
5.4 巨大コードベース探索でのコンテキスト管理Claude Code 101 › 探索 → 計画 → コード → コミットのワークフロー
Claude Code 101 › サブエージェント
実践Claude Code › Steering long sessions
5.5 人間レビューのワークフローと確信度の較正実践Claude Code › Verification skills
実践Claude Code › GitHub Actions and Code Review
Claude Code 101 › コードレビュー
5.6 出典の保全と複数ソース統合Claude APIを使った構築 › 引用
Claude APIを使った構築 › Retrieval Augmented Generationの紹介
Claude APIを使った構築 › マルチインデックスRAGパイプライン

対応付けはレッスン題名とコース説明文から行った(2026-08-25 時点)。レッスン本文までは精査していないので、読んでみて「この章の項目とずれている」と感じたら、その節は公式を優先せずこの章の記述で答える(試験ガイドのタスクステートメントに合わせて書いてあるため)。

用語ミニ辞書(第5章)

漸進的要約 / progressive summarization

会話が長くなるたびに履歴を要約で置き換えていく方式。便利だが金額・日付・割合などの「硬い事実」が丸められて消えるリスクがある。

lost in the middle

長い入力の冒頭と末尾は確実に処理されるが、中間の情報は取りこぼされやすいというLLMの性質。重要事項は冒頭サマリー+明示的な見出しで対処。

case facts ブロック

取引の硬い事実(金額・日付・注文番号・ステータス)を要約の外に構造化して抜き出し、毎回のプロンプトに固定で入れる持ち回りブロック。うちの「確証済み事実」セクションと同型。

エスカレーショントリガー

人間に上げる正当な条件:①顧客の明示的要求 ②ポリシーの例外・空白 ③進展不能。感情分析や自己申告確信度は代理指標として不適格、が試験の立場。

構造化エラーコンテキスト

失敗の種類・試したクエリ・部分結果・代替案の4点セット。これを上げればコーディネーターが「再試行/別手/部分結果で続行」を選べる。

コンテキスト劣化 / context degradation

長いセッションでコンテキストが探索の途中経過に埋まり、実際に発見した固有名(クラス名・ファイル名)でなく一般論を語り始める劣化現象。5.4の主症状で、対抗策はスクラッチパッド・子エージェント隔離・フェーズ要約・/compact。

スクラッチパッドファイル

長いセッション中の重要な発見を外部ファイルに書き残し、後で参照する仕組み。コンテキスト劣化(具体名を忘れて一般論を語り出す)への対抗策。

マニフェスト(クラッシュ回復)

各エージェントが状態を既知の場所にエクスポートし、再開時にコーディネーターが読み込む一覧。途中で落ちても積み上げが消えない設計。

層化ランダムサンプリング

セグメント(文書タイプ・確信度帯など)ごとに無作為抽出して精度を測る方法。「全体97%」の裏に隠れた弱点セグメントと新種エラーを見つける。

確信度の較正 / confidence calibration

モデルの自己申告スコアを、正解ラベル付きデータと突き合わせて「スコアXなら実際の正答率Y」を確かめる作業。較正なしのスコアをレビュー振り分けに使うのは誤答。

claim-source mapping / カバレッジ注記

主張↔出典の対応表を統合工程まで保全する設計と、「どこが裏付け十分でどこに穴があるか」の明示。要約で出典が溶けるのを防ぐ。

章末ミニクイズ(5問)

本番形式の4択。4問がこの章(D5)、1問が第4章(D2)の復習。総合模試とは別シナリオで、5.3・5.4・5.6を重点的に確かめる。間違えても気にしない——間違えた瞬間が一番記憶に残るタイミング。

MQ1 — 5.3 エラー伝播
市場調査のマルチエージェントシステムで、検索サブエージェントが業界データベースへの接続に3回失敗した。一部のデータは取得済みで、別の公開DBという代替手段も考えられる。コーディネーターに何を返すべきか?
4点セット(失敗の種類・試したこと・部分結果・代替案)が正解。握りつぶし(A)は調査に無言の穴を開け、汎用ステータス(B)はコーディネーターの回復判断材料を奪い、全停止(D)は部分結果で前進できる場面で全損させる。→ 5.3
MQ2 — 5.4 コードベース探索
数百ファイルのコードベースを2時間調査中、エージェントが序盤に特定した PaymentService.refund() という具体名を使わず、「一般的な決済システムでは〜」という一般論で答え始めた。最も適切な対処は?
症状はコンテキスト劣化。発見の外部化(スクラッチパッド)と探索の隔離(子エージェント)が公式の対抗策。やり直し(A)は積み上げを失う(マニフェスト/スクラッチパッドで保全するのが正解の設計)。大きいウィンドウ(C)は埋まるのが遅くなるだけ。再送(D)は原因に触れていない。→ 5.4
MQ3 — 第4章の復習(D2 構造化エラー応答)
在庫確認MCPツールが外部システムのタイムアウトで失敗した。エージェントが正しく振る舞えるようにするため、ツールは何を返すべきか?
エラーは「種類+リトライ可能性+説明」のメタ情報付きで返す(第4章 D2.2)。空の成功(B)は「正当な0件」との混同を生み、メッセージのみ(C)はリトライすべきか判断できない。この構造化エラーが、5.3で子からコーディネーターへ上げる4点セットの土台になる。→ 第4章(c4.html)/5.3
MQ4 — 5.6 出典の保全
3体の検索サブエージェントの結果を統合中、信頼できる2つのソースが市場規模を $4.2B(2023年調査)と $5.1B(2025年調査)と報告していると分かった。統合エージェントの正しい振る舞いは?
統合エージェントが恣意的に1つを選ぶ(A/D)のも、存在しない数字を作る(B)のも誤答。出典+日付付きで併記し、判断できる立場に上げる。日付を構造化して持っていれば「時点の違い」であることも読み手に伝わる。→ 5.6
MQ5 — 5.1 情報保持
サポートエージェントが注文照会ツールを頻繁に呼ぶ。1回の結果には40以上のフィールドが含まれるが、実際に使うのは5個程度で、長い対話の後半で応答品質が落ちてきた。最初に行うべき対策は?
ツール結果はコンテキストを不釣り合いに食う筆頭。無関係な35フィールドを蓄積しない(刈り込み)が第一手。モデル変更(B)は構造問題の先送り、全要約(C)は硬い事実が溶ける、回数制限(D)は必要な照会までできなくする。→ 5.1

仕上げチェックリスト(30秒で説明できたらチェック)

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